バンクーバー研究留学(2025年度)
2025年度4月から1年間,ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーに研究留学しています。準備,生活,大学に関するTips,研究会などへに参加した感想をまとめて掲載します。
2025年
2025年5月13日(火)Panel Disucussion: Blending AI and Human Creativity in Learning
研究会教育学部のLearning Design & Digital Innovationによるパネルディスカッションを聞いた(Zoom)。
EAL(English as an additional language)が専門のパネリストは,教材作成にAIを使えば,ほかにもっと重視すべき仕事に時間を使えるということで,実例を紹介していた。
ほかのパネリストの中には芸術(音楽)教育の研究者もいたが,そうした分野と付加言語教育とでは,AIの役割はかなり異なるのではないか。DeepLを使いながら,チャットに流す質問を必死でまとめて投稿。
Immediate translation of not only written language but also spoken language will soon become a reality. Under these circumstances, what is the significance of learning languages other than one's first language? As teachers of additional languages and foreign languages, we expect AI to reduce our workload and allow us to devote more time to more important tasks. However, students may also want to leave language use to AI and spend their time on other things.
終了間際の投稿になってしまったので直接の回答は得られなかった(と思う)が,パネリストたちは最後に,先住民族の言語の保存や翻訳,使用にとってAIはとても役に立つ,そのことは大変すばらしいことだといったコメントをしていた。それはとてもよくわかるのだが,だとすればなおさら,一人ひとりの人間が,第1言語以外の言語を自分の身の中に習得する意義,そしてそれを支援する教育の意義はどこにあるのだろう。翻訳も含めた高度な言語使用,楽しみとしての言語使用のためにということは十分にありうるし必要だとは思うが。
2025年5月9日(金)Graduate & Postdoctoral Research Day '25
研究会今日はUBC Language Sciences による,the sixth Graduate and Postdoctoral Research Dayという発表会を聞きに行った。
UBCの言語系のさまざまな学科所属の院生だけでなく,ビクトリア大学やサイモンフレーザー大学からの発表者もいた。
こうした集まりにはつきものの,軽食・昼食付き。
ランチの時間のポスター発表でChild Language Brokering(CLB)という概念があると知った(Laurie He, Child Language Brokering in Clinical Contexts: An Arts-Based Engagement Ethnography with Newcomer Youth and their Families)。日本での,日本語を第1言語としない親のために子どもが通訳をすることにあたる。こうした子どもは日本ではヤングケアラーに含まれているが,カナダではCLBという概念があるらしい。
午後の一つ目の発表は,5人の教授陣による論文・本の出し方に関するアドバイスのパネル。パネリストには,とんでもない数の論文・本を刊行していたり,カナダで引用件数上位2%に入る教授もいた。
印象的だったこと。
- 研究者としてのキャリアを積むためにはまず何よりも査読付き論文を出す必要がある。複合領域でどこに投稿したらよいか迷う場合は,自分が何のために研究するのかというストーリーをはっきりさせ,それを伝えたい読者のいる雑誌に投稿せよ。
- 意地悪な2人目の査読者というのは常に存在する。自分は,自分に対しての意地悪なレビューコメントをかえりみて,そうならないよう努めている。
ウェブ上の広告の内容分析を用いて,グローバルな人身取引システムが疑われる事例を探し各サイトの特徴を分析した発表も興味深かった(Joeun Chong, Unveiling the Language of Sex Trafficking: A Comparative Content Analysis of Advertisements on YesBackpage, Leolist, and Locanto)。共通する記述は,カナダには短時間しか滞在しない,体が小柄である,いつでも応じるといったもの。未成年で足がつきにくい相手であることが強調されているようだった。
2025年5月3日(土)BC TEAL 2025 Annual Conference, Day2
研究会2日目:午前
引き続きBC TEALへ。まずAI関係の発表を聞いた。8時半からの開始だったが会場は立ち見が出るほど盛況。発表者は,各種AIサービスやオフラインでも使える自作アプリを紹介し,実際の使用方法を詳しく説明していた(Nathan Hall, Crafting Interactive Language Activities: Teaching Transformed Through Generative)。pptを撮影する聴衆も多く,実践的な内容として人気を集めていたようだ。私自身は昨日に続き,便利なツールだとは思ったが,第2言語教育の質をtransformさせるほどのものなのかはよくわからなかった。
これまでもラジオ,テープ,CD,オンライン教材などなど,新しい言語を身につけるためのツールは次々と生まれてきた。AIは,個人が第1言語以外の言語を自分の身につけることの必要性そのものをなくすかもしれない。従来の学習ツールとは全く異なる性質をもっており,言語教育はそのことをどうとらえるべきなのかを考えたいのだが,今回の大会でヒントは得られなかった。
次は学術目的のための英語教育と批判的教育との統合についての発表(Jennifer Walsh Marr, The Promise and Precarity of Critical Pedagogy in English for Academic Purposes)。複数の観点から統合の必要性を述べたのち,教師の専門性(何をすべきか)を具体的に説明していた。私が理解できた範囲では,教師の専門性は,社会的課題の解決に関係する,学習者の専門やニーズにあった本物の(オーセンティックな)教材を準備し,レベルに合わせて書き換えを行うこと,のようだった。例示されたテーマが食糧問題か何かで,社会的課題自体がパターン化してきているのではという印象をもった。
最後は「社会的感情の学習」に関する発表(Shawna Cole, Social Emotional Learning: a game-changer for English language learners)。発表者が,過去に受けた付加言語教育(X as an additional language: Xには各言語が入る概念)強いストレスを受け一種のトラウマとなったことがきっかけだったらしい。学習者に今の自分の気持ちを気づかせる(self-awareness)などすることで,言語学習に対する不安をやわらげ自信をもたせる,それにより教室運営もうまくいくようになるという話だった。「社会的感情」というタイトルと要約から,人種差別などに関連するテーマかもしれないと期待して聞きにいったが,どちらかというと臨床心理学の学習不安に関連する内容だった。
一日半ほど大会に参加し,BC州で英語を追加的言語として教える教師たちが求めているものや,教師たちの属性など,なんとなくの様子を垣間見ることができた。最近,留学生政策の変更により英語学習者数が減り英語教師のリストラが進んでいるらしい。大会に来られているということ自体,ある程度は安定した立場の教師たちであり(会場で「私はプログラム・コーディネータで責任はあるけれど,使う教科書を決められる立場ではない」といったような発言を耳にしたので,終身雇用を約束されているわけではない教師も多数いたようだったが),より不安定な教師とは出会うことも難しいかもしれない。
5月2日(金)BC TEAL 2025 Annual Conference, Day1
研究会1日目:午前
開会式では,会長の挨拶のあと,先住民族の人のスピーチとパフォーマンス。4月26日(土)におこったフィリピン祭り(Lapu Lapu Day Festival)での事件を悼む内容。
BC州では2021年に,先住民族の子どもたちの寄宿学校(強制収容施設)で,215人の遺骨が見つかっている。
- Remains of 215 children found buried at former B.C. residential school, First Nation says | CBC News
同化政策が行われていた歴史があり,学校や地域で行われるイベントではしばしば先住民族が招かれ,コメントを述べたり伝統文化を披露したりする。BC州において,圧倒的なマジョリティ言語である英語の教師の大会が,開催されるということでのオープニングの一幕。
続いて,久保田竜子さんの講演
私自身はアメリカで働いていたときよりもはるかに,私の英語に対する人々の寛容度が高いと感じている。しかし私が気がついていないだけで,カナダで生まれ育ったXX系カナダ人や,カナダでの英語学習者が,差別的な対応をとられることも多々あるようだ。
講演内では,そうした状況に関し久保田さんらが作成した動画の証言集が紹介された。
講演によれば,言語規範と人種差別を問題とする研究は1970年代から行われてきたが,そうした研究の成果と現場の教育実践との間のギャップはいまだにある。久保田さんは,この動画を教育実践で使うことなどを提案していた。
午後
今回の研究留学の目的の一つは,第2言語教育におけるAIの意味を考えること。午前・午後と関連する報告を二つ聞いた。午前のものは,英語教師がAIを知っていることの重要性を繰り返し説いたのち,英語教師用のトレーニング・プログラムに誘導しようとする内容。ほかにも,NPO・政府系・商業系とプログラムを宣伝するような発表も多いようだった。
午後のほうは,テストづくりや読解教材づくりにAIが使えるということで,具体例を紹介する内容(Denise Lo, Practical GenAI Prompts for the EAL Classroom)。AIに適切な指示(prompt)さえ出せば,学習者が自分でそれぞれの興味・レベルに合わせた読解教材を作成し,その確認問題も得られるという例など。教師の専門性は,AIの説明の誤りを指摘したり,レベルに合ったAIへの指示の出し方を教えたりといったところにあると説明されていた。言語能力(スキル)の向上を目標とするなら,AIがここまで便利に使える現状において,教師が教室で教えることの意味はどこにあるのかという疑問は残った。
今日一番印象深かったのは,介護士育成課程における,英語教育プログラムについての発表(Tanya Cowie, Transformative Strategies for the Classroom)。発表者はそうしたプログラムで,日誌やアートといった表現方法を使いながら,社会正義の重要性を認識させようとしてきたという。transformationの技法が今大会のテーマであり,プログラムを受ける中で,学習者が,多文化や他者を尊重することの大切さを認識していった様子が印象的だった。ただ,会場からは「「社会正義」とは何か」「とても困難な状況で学んでいる学習者にとっては,ここでの生活に適応しようとすることで精いっぱいだ」「宗教上の規範により教室内で男女別に座っている状況で,「社会正義」を扱う事には制限がある」といった発言もあった(たぶんそんな発言だっただろうという,私の完全な意訳)。
近くの人と意見交換する時間も設けられていた。私自身は,学習者が社会正義を知り介護の現場に出たとして,介護を受ける人が価値観を共有していない場合もあるのでは,むしろマジョリティが学ぶべき内容なのではという感想を持った。
この発表で驚いたのは,介護士養成課程在籍者の出身の一つに,日本があげられてていたことだ。18歳ぐらいの人がほとんどの2年間のコースということだったが,日本の高校を卒業しカナダに来て介護士の学校に行くという進路選択がありうるとは,考えたことがなかった。同じ介護士という職に就くなら,カナダのほうが待遇・給料がよさそうだし,英語で資格をとれば他の英語圏でも働ける可能性も拓けるだろう。バンクーバーではあまりベトナム人を見かけないが,この養成課程にはベトナム人も在籍しているということであり,人材獲得競争の厳しさとグローバル化を感じた。