過去のニュース

2014-02-06

秋田大学での「多文化コミュニケーション入門 II――2013年度2期」の作品レポートを公開しました。

2014-01-22

牲川波都季「日本人の思考の教え方――戦後日本語教育学における思考様式言説」所収,『文化,ことば,教育』(佐藤・ドーア(編),2008)の英訳が4月に出版されます。[出版社による紹介ページ

  • SEGAWA, H. (2014). Teaching Japanese people’s thinking: Discourses on thought patterns in post-war studies of Japanese language education. In S. Sato & N. M. Doerr (Eds.), Rethinking language and culture in Japanese education: Beyond the standard (pp. 106-131). Multilingual Matters.

2014-01-13

執筆しました。

2013-12-20

中島記念国際交流財団助成による留学生交流事業の報告書に執筆しました。

  • 牲川波都季(2013).はじめに――故郷づくりの思想.秋田地域留学生等交流推進会議(編)『第三の故郷を見つける農家民泊 2013実施報告書』(p. 1)秋田地域留学生等交流推進会議.[ダウンロード

2013-12-15

『教育社会学研究』93集に,拙著への書評および,牲川によるそれへのリプライが掲載されました。

  • ましこひでのり(2013).書評:牲川波都季[著]『戦後日本語教育学とナショナリズム――「思考様式言説」に見る包括と差異化の論理』『教育社会学研究』93,228-230.
  • 牲川波都季(2013).ましこひでのり氏の『戦後日本語教育学とナショナリズム――「思考様式言説」に見る包括と差異化の論理』の書評に答えて『教育社会学研究』93,257-258.

2013-11-14

執筆しました。いずれも全文を閲覧できます。

  • 牲川波都季(2013).言語政策の周辺──日本のためのグローバル人材という矛盾(1.政策動向・展望エッセイ3)『日本言語政策学会ニューズレター』21,4-6.http://jalp.jp/wp/?p=926
  • 牲川波都季(2013).たまたまこうなった、でもこうならざるをえなかった──日本語教師でもある私の農家民泊事業[寄稿]『週刊「日本語教育」批評』67.http://archive.mag2.com/1573661/20131114000028000.html

2013-10-25

11月16日(土),日本語教育学会研究集会(東北地区)にて発表します。

  • 市嶋典子,牲川波都季(2013年11月16日).「接触場面におけるカテゴリー生成と変化のプロセス――母語話者と非母語話者の調整行動に注目して」日本語教育学会研究集会第8回東北地区(東北大学).[プログラム

2013-10-09

新刊です。好評発売中。

  • 表紙牲川波都季(2013).「よい予感がする」表現教育――2日間のクラスが残したもの.細川英雄,鄭京姫(編)『私はどのような教育実践をめざすのか――言語教育とアイデンティティ』(pp.73-90)春風社.[内容紹介

2013-09-06

秋田大学日本語・日本文化研修留学生(2012年度国費・大使館推薦)の二人,イネス・マルケスさんとカルロス・ロドリゲスさんの論文作成指導を終えてのコメントを以下に書きました。

2013-07-31

秋田大学での「多文化コミュニケーション入門 I――2013年度1期」の作品レポートを公開しました。

2013-06-17

メルマガ『ルビュ言語文化教育』第452号に,石黒圭(著)『日本語は「空気」が決める──社会言語学入門』(光文社新書,2013)の書評「言語・空気・現実──社会言語学者の見る夢」を執筆しました。

2013-05-17

『わせだ国文ニュース』98号に,「過去から未来へと議論は続く」を執筆しました。

2013-05-16

第28回「国立大学日本語教育研究協議会」(国日協)で,長谷川ユリさん(大阪教育大学)とともに話題提供を担当します。分科会のテーマ1「大学の留学生獲得戦略の視点から見た日本語教育のあり方――留学生数の少ない大学を中心に」において,秋田大学の事例を紹介します。[プログラム

2013-04-30

『農家に学ぶ留学生受入の思想と方法――秋田県仙北市西木町のグリーン・ツーリズム事例集』PDF版を公開しました。(*本小冊子は,公益財団法人日本科学協会笹川科学研究助成24-823およびJSPS科研費24652098による研究成果の一部です。)

2013-03-25

さきほど,蒼国来の解雇無効判決が出ました!

2013-03-13

久しぶりに研究ページを更新しました。教材や討論記事など,こまごまとですが研究成果を加えました。

過去の研究業績を振り返ると,富岡多恵子‐表現教育‐学習者主体‐思考様式言説‐宣教師‐農家と,自分の研究対象と方法が目まぐるしく変わっていることを改めて認識しました。人や教育実践,文献との出会いから,興味の対象が新しく浮かび上がってきて,そこに惹かれるがままに調べ考え書いてきたという感じです。ただ,ことばが人の可能性をとどめる方向とひろげる方向とをもっており,後者をことばの教育でかなえるにはどうしたらよいかという問題意識では一貫してきたつもりです。

日本語教育学の思考様式言説で博士論文を書いたときのように,少し一つの対象にとどまってその実態を見るべきなのかもしれません。しかし出会いの中で,いったん魅力を感じてしまうとそこから目をそらすことができません。今は,秋田県仙北市西木町のグリーン・ツーリズム運営農家のみなさんのもつ,他者と語り合う力に驚嘆して調査中です(成果の一部は,留学生受入教職員用の教材『農家に学ぶ留学生受入の思想と方法』としてまとめました)。第二言語としての日本語教育とは遠く離れているテーマのようですが,ことばを使って自らにとって異質な他者に気持ちや意志を伝え,他者から受け取ったものも取り入れつつ,自分にとって満足のいく環境を作っていくような力は,第二言語の使用能力とは一致しないのではないか。この問いに答えることは,日本語教育も含めた第二言語教育の目標を新たにする,そんな予感をもっています。

ほかにも魅力ある出会いは次々とあり,私の場合はそんな出会いについて少しずついろいろと書くことで,問題意識を解決していくことになるのだろうと思います。

2013-02-25

2012年度2期に実施した「多文化コミュニケーション入門 II」クラスのレポート集と受講生へのメッセージを掲載しました。クラスの目標などの詳細は,受講生へのメッセージをご覧ください。

2012-10-30

「第2回 複言語・複文化主義とアイデンティティ研究会」を秋田大学で開催します。発表は,鄭京姫氏(早稲田大学日本語教育研究科招聘研究員)による,「自分の可能性へつなげていく「ことばの教育」へ――多様な言語背景を持つ一人の日本語学習者が語る言語意識の考察より」です。詳しくはこちらのチラシをご覧ください。

2012-08-08

「多文化コミュニケーション入門I」クラスのレポート集ページに,パスワードなしのレポートを追加しました。

2012-08-02

2012年度1期に実施した「多文化コミュニケーション入門I」クラスのレポート集(パスワード付・受講者用)と受講生へのメッセージ(公開)を掲載しました。クラスの目標などの詳細は,受講生へのメッセージをご覧ください。

2012-02-27

『戦後日本語教育学とナショナリズム―「思考様式言説」に見る包摂と差異化の論理』(くろしお出版)を上梓しました。目次などはくろしお出版の紹介ページをご覧ください。

a戦後60年間にわたって,日本語教育学が,どのように学習者の包摂/差異化を正当化する言説を生み出してきたのかを,「思考様式言説」という具体事例から明らかにすることを目指しました。

*刊行後に見つかった訂正必要箇所の正誤表

2012-02-02

2012年8月17日(金)から20日(月)まで,名古屋で日本語教育国際研究大会が開催されます。詳しくはこちら。

この大会では,さまざまなカテゴリーでの複数発表が認められているほか(共同発表者としてなら,同一カテゴリー内での複数発表も可),いろいろなネットワーク作りの仕組みも準備されてます。大会の実行委員の一人として,私自身は,大会参加者=発表者となるほど,気軽にけれども知的に,参加者同士で研究・教育活動の共有ができる大会にすることを目指しています。

自分の教育・研究の立場をもつことが相互の議論の出発点ですから,来る人がみな,それぞれの立場を紹介し表明し合うことで,思いがけない発見の生まれる場になると考えます。

応募の締め切りは2月末日です。

2012-02-02

2011年度2期に実施した「多文化コミュニケーション入門II」クラスのレポート集と受講生へのメッセージを掲載しました。一部のレポートはパスワードなしで公開しています。言語行為は「社会」を変える力をもっていると思います。このクラスでは,受講生一人ひとりが自分にとって大切な「社会」を,議論とレポート作成を通じて探し出していきました。クラスの目標などの詳細は,受講生へのメッセージをご覧ください。

2011-04-19

尊敬する友の一人,荒汐部屋の蒼国来(そうこくらい・中国・内モンゴル出身)が2011年4月14日,八百長への関与を理由に相撲協会より解雇されました。詳しくは,荒汐部屋ウェブサイトおよび蒼国来のブログをご覧ください。また4月15日発行のメルマガ「ルビュ言語文化教育」第365号にも,蒼国来の友人から激烈なメッセージが寄せられています。

私は蒼国来の主張を全面的に支持し,応援します。

2011-03-24

2011年3月26日(土)に多言語化現象研究会第2回研究大会・シンポジウムで「日本語教育は多言語化した日本語を教えられるのか」という報告を行います(研究大会の詳細)。[発表スライド報告での引用文献一覧](2011/3/28掲載)。

2009-09-30

研究ページを更新しました。

最近書いたものの中で特に力を入れたのは,書評論文「実践論は問いかける――川上郁雄編著『「移動する子どもたち」の考える力とリテラシー――主体性の年少者日本語教育学』」(リテラシーズ研究会編『リテラシーズ』くろしお出版,4,151-156)です。

「移動する子どもたち」の考える力とリテラシー』には,著者自身の「移動する子どもたち」を対象とした教育実践論が多数収められています。それらを読みつつ,書評論文では,実践について書き公表するとはどういうことなのか,自分なりの見解や疑問をまとめてみました。

この論文は冊子版のために書き下ろしたもので,Webには掲載されません。関心を盛られた方はぜひご購入ください。

『リテラシーズ』は,紙媒体としてはこの4号が最終号です。今後はWeb上でのみという目新しい刊行スタイルをとります。4号には,編集委員たちによる,冊子版の総括小論が掲載されています。前身である『21世紀の「日本事情」』,『リテラシーズ』,そして『変貌する言語教育』を経て,私たちは言語教育の未来をどのように考えていこうとしているのか。総括小論では,編集委員一人ひとりの立場の違いが鮮明に浮かび上がりました。そうした異なりこそが,本誌に活力を与え続けてくれるのでしょうから,もっともっと異なっていけばいいと,私は考えます。

2009-05-27

「研究集会2009:複言語・複文化主義と言語教育」(2009年9月18日開催,主催・リテラシーズ研究会)発表者募集中です。[詳細

一国や一地域の中に複数の言語・文化が併存している状態を目指すのが多文化・多言語主義だとすれば,一人の人間が複数の言語・文化を内包する状態を目指すのが複言語・複文化主義と言えるかもしれません。しかしもともと人は,何かの形で複言語・複文化をすでに持っていると考えることもできます。

近年の第二言語教育の話題の中心は,日本内外を問わず,移民や外国人労働者,そしてその子どもたちへの言語支援のようです。それはそれでもちろん重要なのですが,では人間にとって言語を学ぶということは一体何なのか,複数の言語や文化的領域を横断していながら生きていくことの意味はといった,言語・文化,その教育の思想については,やや議論が停滞しているように私には感じられてなりません。実践的に問題解決に取り組んでいくのが現代の研究の一つのあり方だと思う一方で,解決案を出さずにどこまでも考えていくという,実践的であるべき言語教育研究とは真逆の研究のあり方もあってもいいのではないかとも考えます。

この研究集会が,言語教育実践や言語政策だけでなく,ことばの学び・教育について答えも得られないような挑発的な問いを生み出すきっかけになることを願います。

2009-02-27

2008年度2期に実施した「日本事情2―多文化コミュニケーション」クラスのレポート集とクラス紹介を掲載しました。

2008-09-25

「牲川波都季のホームページ」を「牲川波都季のウェブサイト」に改め,秋田大学国際交流センターのサーバーに移行しました。

2008-01-09

1月7日に,Hope Collegeで行われた,"Best Practices of teaching cultural diversity"のワークショップに行ってきました。文化的多様性の教育を目指したクラスの改善を目的とした教員対象のワークショップで,前半には,コースの目的等の概要についての発表と,実際のクラスでの取り組み紹介が行われました。後半は,ロールプレイにより,実際にクラスで起こった危機的な状況が再現され,こんなとき教員はどうしたらよいのかをグループで話し合いました。

前半に話されたことで後で一番考え込んでしまったのが,コースの目的の一つに「多様性の価値を教える」が挙げられていた点です。多様性の価値とは何なのかは全く議論されなかったので,参加者にとってはそういうものがあるというのは当然の前提だったのかもしれませんが,私自身にはよくわかりませんでした。大学は意識的にマイノリティの教員や学生を採ろうとしているのですが,なぜ文化的に多様であるほうがいいのか。中西部にあるこの大学で,教員や学生は多様であることを「本当に」いいと思っているのか。多様性とは何によって支えられるのか。他者と異なる文化を持っているという自己認識でしょうか。それとも人種や生まれた国でしょうか。

後半のロールプレイをめぐる議論の中では,ある国出身者を一面的に,ステレオタイプに見るのは間違いだという意見が出ました。でもそうしたステレオタイプ像なしに文化的多様性を認めようというと言うとき,そのときの「文化」とは何なのでしょう。ロールプレイとして差別的な発言を再現することの問題なども指摘され,そこからは差別や文化的多様性へのもっと複雑な思いが出てきそうだったのですが,それ以上の議論はされませんでした。

「多様性の価値」とは一体何を指しているのか。機会があるときに同僚や友人に考えを聞いてみるつもりです。

2007-12-07

Hope CollegeのJPN301クラスの学生が詩の翻訳レポートを完成させました。いろいろな日本語,いろいろな日本語詩人の存在を知ってもらうことを目的として計画したプロジェクトです。レポートはこちらにあります。

感想など,連絡先まで送っていただけたらうれしいです。

2007-11-29

前回の更新から実に1年半が経過していました。

昨年2006年6月に博士論文の最終版を提出し7月20日に口頭試問を受け,7月31日付で博士(日本語教育学)を授かることが出来ました。

その後,早稲田大学とGLCA(五大湖大学連合)とが交換留学協定を結んでいる縁で,アメリカ・ミシガン州のHope Collegeに日本語教員のインターンとして派遣されました(もう昨年8月のことになります)。今年1月からは一年契約ごとの更新する形の専任教員としてHope Collegeに勤務し現在に至っています。

8月から翌年の5月までがこちらでは大学暦の一年として捉えられる期間で,そういう数え方をすれば今年8月から勤務二年目を迎えたということになります。一年目は本当に無我夢中で何をしても大変であると同時に何をしても楽しくあっという間でした。自分の人生で海外で生活するというのはほぼ一度も考えたことがなかったことでしたので,ここミシガン・ホーランド市の市道脇のバス停に一人立っていると,向こうにはバーガーキングが見え,小平あたり青梅街道の風景と変わらずデジャブ感があり,一体自分はどこにいるのかと非常に不思議な気持ちに見舞われたものです。

今年の5月末にいったん日本に帰り3ヶ月を過ごした後,ここに戻ってきました。3ヶ月帰るとここに慣れるのにまた3ヶ月かかるという調子で,やっと徐々に何かしようという気持ちが出てきました。

一年目にはいろいろな出会いがあったのですが二年目に入ってその人たちが方々に散ってしまい,結局ほぼ全てが一からの作り直しです。楽天的な自分の性格でさえ,異様なほどの浮遊感に襲われるときがあります。大学教員という完全に守られた地位にはあるのですが,最近メキシコやベトナムなどからの移民が来るまでオランダ系住民が圧倒的多数であったこの地域では人種的にも宗教的にも少数派に属していると言え,違和視されている感じを時々意識します。今年度の突破口はまだ見えないのですが,こちらに戻ってやっと3ヶ月ですので仕方がないのでしょう。こういう全ての経験が将来誰かと出会うときの助けになればと思いながら,日々てくてく暮らすことにしたいと思います。

アメリカ暮らしの生活情報などは折を見て。

2006-02-25

久々に更新しました(主に「教育」と「研究」のページです)。

昨年12月に博士論文の仮綴論文(フォーマルな下書きのようなもの)を何とか提出しました。本格的に執筆にかかったのがなんと10月のことでしたから,ちょうどその頃からこのサイトの更新もストップしたことになります。

今まで書いてきた論文をつなげればいいという甘い考えだったので,10月執筆開始という恐ろしいスケジュールになってしまったのですが,案の定甘すぎました。研究の意義と方法を書く第1章でまず大苦戦。私のこれまでの論文執筆スタイルは,アイディアが何となく浮かび,分析対象を読みながら何となく書き始め,死にそうになってストーリーをまとめ,ぜいぜい言いながら書き進め,書き終わる頃,すなわち締めきり直前になって自分が本当に何をやりたかったのかわかってくる,というものでした。面白いと思うテーマに突撃するタイプなので,研究の土台となるはずの理論的な勉強が圧倒的に不足していました(今も不足しています)。

無自覚であっても,自分で何かしら理論と言えるようなものを持っているからこそ論文が書けるのですが,研究の意義や方法をきちんと自覚して明文化しようとすると本当に大変です。

次に苦労したのが,実際の史料を対象にした考察,つまり本論に当たるところです。結局,それまで書いてきた論文は必要な記述のごく一部にすぎず,大あわてで新しい史料を集めたり読んだりしなければなりませんでした。あわてすぎて史料収集が十分ではなく,よって考察も浅いものに。

しかも書いているうちに,いつもの悪い癖でだんだんと書きたいことは別にあるような気がしてきてしまいました。今は,最終論文に向けて猛修正しようかなどという,イケナイ妄想が広がっています。

猛修正=締めきりに間に合わない,という事態を避けるため,これから主査・副査にコメントをもらった上で,直しにかかります。6月に最終論文を提出するまで,更新がまた止まるかもしれません。

2005-10-11

私の所属する研究室がかかわっている,NPO法人言語文化教育研究所が「ユビキタス講座 言語文化教育研究」の受講生を募集中(10月24日開講予定)です。最後に1度,スクーリングで早稲田に来てもらわなければなりませんが,それまでの6週間は全国・全世界どこからでも受講・議論可能です。

システムは,インターネットで週に1度,細川英雄(早稲田大学日本語教育研究科・NPO法人言語文化教育研究所代表)の講義を視聴していただき,それをめぐって受講生同士がインターネットの掲示板上で議論するというものです。掲示板の議論は,NPOスタッフが支援します。6回の講義の題目は,ウェブ・サイトで紹介されている,スライドの中にありますのでご参照下さい。

この連休は,,日本語教育学会で金沢に行ってきました。評価やアカデミック・ジャパニーズをめぐって,実践をいかにするかという議論が盛んに行われました。そこでいろいろな人の意見を耳にするにつけても,学び手がここまで多様化している昨今では,何をすべきかを誰かに頼って教えてもらう時代ではないのではないかと強く感じました。

結局,目の前の学習者と向かい合った上で,普段から自分が考えている教育理念をどう実践できるのかが重要なのではないかと。そのためには,教育理念―私はどんな日本語教育を目指すのか,そしてそれはなぜなのか―をいつも考え続ける必要があるように思います。

NPOのユビキタス講座は,ほかの人と語り合うことで,自分がなぜ日本語教育にかかわりたいのか,どんなことをしたいのか,とことんゆっくり振り返る機会になります。ぜひご応募ください。おすすめです! (NPO法人言語文化教育研究所ウェブ・サイト

2005-07-11

拙稿「日本人の考え方を理解するということ」,「「日本語教師」という職業」が刊行されました(書誌情報:http://hdl.handle.net/2065/3480)。「日本人の考え方を理解するということ」では,以前からのテーマ―日本語教育がいかに日本人の思考様式を単純化して教えてきたか―について,ごく近年の体験型・交流型実践を題材に論じました。

2005-07-11

「識字教育と日本語教育を結ぶための文献紹介」が刊行されました(書誌情報:http://literacies.9640.jp/vol01.html)。

昨年『ウェブ版 リテラシーズ』に掲載されたものが,紙媒体の形で刊行されたものです。紙版の『リテラシーズ』(購入:Amazon.co.jp)では,ウェブサイトに掲載された7論文のほか,新規2論文も読むことができます。

2005-05-14

「国際研究集会 ことば・文化・社会の言語教育」の発表・参加申し込み受付中!参加・発表申し込みの詳細が掲載されました。

2005-04-25

当ウェブサイトに「教育」のページを新設しました。

今まで,私が経験した授業実践についての概要を掲載しています。

2005-04-25

「国際研究集会 ことば・文化・社会の言語教育」の開催

2005年9月17日(土),18日(日)に,「国際研究集会 ことば・文化・社会の言語教育」が早稲田大学で開催されます(主催:国際集会「ことば・文化・社会の言語教育」実行委員会,後援:くろしお出版)。

クレア・クラムシュ,ロ・ビアンコら,言語教育研究の一線で活躍する講演者とともに,刺激的なシンポジウムを開催するほか,個別の研究発表会やパネルセッションも行います。

現在,研究発表・パネルセッション部門の発表者を募集中です。

発表応募,参加申し込みなどの詳細は,「国際研究集会 ことば・文化・社会の言語教育」のウェブサイトをご覧ください(参加申し込みの方法は近日中に記載予定です)。

2004-09-26

10月2日に,第1回「リテラシーズ」研究会が早稲田大学で開催されます。テーマは,「日本語教育におけるリテラシーとは何か」です。

リテラシーというと,通常は,読み書き能力ということになり,従来の日本語教育の主要な教育内容は,今でも,この意味でのリテラシー+会話・聞き取り能力です。

「文化」などを取り入れるべきだという議論や実践もありますが,それは「日本事情」で扱うべき課題とされたり,また,より本物の日本語を学ぶための手段として考えられる傾向がありました。今回の研究会では,「日本語」を教える場としての日本語教育を解体するような議論が展開される予定です。

問い合わせ・参加申込は,リテラシーズ研究会ウェブサイトまで

2004-09-26

『早稲田学報』2004年10月号「本と本棚」コーナーで,『わたしを語ることばを求めて―表現することへの希望』が紹介されました(執筆者は,人間科学部助教授の宮崎清孝さんです)。

一部引用させていただきます。

「一般論ではくくれない固有性を持った「わたし」を表現することは,言語の授業のみならず学校教育のすべての場面で重要なことであり,同時にまた現実にはなかなか困難なことでもある。学校には,一般的な言葉,ステレオタイプの言葉が充満し,生徒たちもそれに慣らされてしまっているからだ。それを破壊するために細川がどのような手立てを講じていったのか,それを紹介する字数はもう残されていないが,その点で本書は言語表現の問題のみならず,学校教育一般についても示唆するところが多い」

2004-08-09

明治書院の『日本語学』2004年7月号に,『わたしを語ることばを求めて――表現することへの希望』の紹介が掲載されました。

2004-06-12

「日本語教育学における思考様式言説の変化と問題点―学会誌『日本語教育』の内容分析から」という題名で,6月19日(土)に韓国日語日文学会で発表します。先週は,予稿集用原稿作りで死にそうになりましたが,学会は釜山の霊山大学(元聖心外国語大学)で行われるとのこと。魚介類を楽しみにプレゼンの準備に取り掛かりたいと思います。

2004-05-15

「日本語教育学における「思考様式言説」の変遷」が,『日本語教育』121号に載りました。[Abstract,要旨

2004-04-08

「日本語教育における言語と思考――その意味づけの変遷と問題点」(2004年,『横浜国立大学留学生センター紀要』11号)が刊行されました。[http://hdl.handle.net/10131/1198

本稿は,「日本語教育学で,言語と思考とを関連づけようとする言説はどのように意味づけられていたのか,その意味づけの正当性はどのような論理展開によって主張されてきたのか,その主張の結果,どのような問題が生み出されてきたのか,について考察したもの」(上記論文63頁より)です。

2004-04-08

『わたしを語ることばを求めて――表現することへの希望』が,Amazon.co.jpで購入可能になりました。

2004-03-28

『わたしを語ることばを求めて――表現することへの希望』が,楽天ブックスで購入可能になりました。

2004-03-25

下記の『わたしを語ることばを求めて――表現することへの希望』が,bk1で購入可能になりました。

この本を書き,またイギリスのスカーボロで5日間の集中英語教育を体験し,言語教育において何よりも大切なのは,あなたを知りたいと思うことだということを痛感しました。その気持ちと,相手を知るために相手のことばを待てるような環境や仕組みがありさえすれば,言語についての知識を学ばなくとも,言語は使えるようになるのだと思います。

2004-03-24

細川英雄さんとの共著『わたしを語ることばを求めて――表現することへの希望』が三省堂から刊行されます(3月30日刊行,2,310円)。

本書では,細川さんの高校での表現教育実践を,教員・学生・私自身の三方向から,立体的に描こうとしました。

詳しくは,三省堂紹介ページまで。

2004-03-02

田中里奈さんと共著で書いた,書評論文「関連情報 識字教育と日本語教育を結ぶための文献紹介」が刊行されました。

論文の内容は,識字教育(社会教育)と日本語教育との両方を視野に入れた研究・実践をなさっている野元弘幸さんの一連の論考を中心に紹介したものです。そのほかに,日本語教育に識字教育の視点を取り入れる際,参考になるような文献(パウロ・フレイレの著書など)も取り上げました。

この書評を書く前,科研プロジェクトの研究会で,野元さんから実践や研究の話を直接聞くことができました。豊田市の外国人労働者が置かれている過酷な環境,その中での野元さんたちの実践,お話をうかがって,いろいろな意味で鳥肌が立ちました。

今回の書評論文は,『WEB版 リテラシーズ』創刊号(くろしお出版)に掲載されました。日本語教育分野ではかなり珍しい,ウェブ上の雑誌という形態を採っています。ウェブ上に要旨・本文とも公開されているので,ぜひアクセスしてみてください(秋には紙版のボリュームアップした『リテラシーズ』も刊行予定)。