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同じ根拠なのに違う基準で幼稚園を統廃合する全国地方自治体
――『幼児集団の形成過程と協同性の育ちに関する研究』(全国幼児教育研究協会,2012)の利用と三田市の事例を中心に

牲川 波都季(三田市高平幼稚園PTA)
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全国の地方自治体で公立幼稚園の統廃合(「再編」と称せられることが多い)が進んでいる。

その根拠づけとしては,適正規模の確保と,保育者のニーズとが挙げられる場合が多い。中でも適正規模としての下限人数の定めは,その人数に達しないことをもって幼稚園が廃園されるという,重大な結果を生むものである。

しかし管見では,幼児教育分野で,学級規模と何らかの能力との関係を,実証的に検討した論文は見当たらなかった(幼児教育は自分の専門外の分野なので本当に管見。ご存じの方,国内外問わないので教えてほしい)。

にもかかわらず,全国の地方自治体では,最低~人いないなら非常に問題のある教育環境であり,早急に解決しなければならないとして,幼稚園の統廃合が進められている。

適正規模の下限人数の定めは,一体何によって根拠づけられているのだろうか。

筆者の住む三田市は,幼稚園の「望ましい集団規模」を次のように示してきた。

2018年9月「1学級の人数は同年齢で,おおむね15~30人程度が望ましい」
「三田市立幼稚園のあり方について(答申)」(三田市立学校園のあり方審議会)
2019年1月「1学級の人数は同年齢で15~30人」(下限15人,上限30人と明記)
「三田市立幼稚園のあり方に関する基本方針」(三田市教育委員会)
2020年8月「基本方針においては(中略)「1学級の人数は同年齢で15~30人」と示しており,当該集団規模を確保していくことを前提に取り組みを進めます」
「三田市立幼稚園再編計画(案)」(三田市)

審議会答申においては,「おおむね」「程度」「望ましい」という,利用的な規模感の提示だったものが,教育委員会の基本方針では,下限・上限人数の規定へと変わり,これを根拠にこのたびの「再編計画(案)」が示されている。

審議会答申はなぜはっきりと,下限・上限人数の規定を示さなかったのか。審議会で答申を出すまでに,「望ましい集団規模」の検討に用いられた資料は以下のとおりである。

第9回 三田市立学校園のあり方審議会(2018年5月30日)
資料2:「幼児に必要な保育・教育と集団の必要性(人数・クラス数等)」
資料3:「三田市就学前保育・教育のあり方に関する提言書」抜粋
資料4:「阪神間の事例等」
資料別冊:「平成28年度第1回市川市幼児教育振興審議会 資料4 適正規模」コピー,文科省の「幼児集団の形成過程と協同性の育ちに関する研究」の研究概要ウェブサイトのコピー
第10回 三田市立学校園のあり方審議会(2018年6月29日)
資料2:「集団の必要性(人数・クラス数等)について」

第9回審議会の資料2は,新幼稚園教育要領の概要・抜粋,学校教育法の抜粋,幼稚園教育要領解説の抜粋からなる。

人数に直接かかわりのありそうな記述としては,新幼稚園教育要領の「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」10項目の中の「協同性」,学校教育法第23条の5項目の中の「2 集団生活を通じて、喜んでこれに参加する態度を養うとともに家族や身近な人への信頼感を深め、自主、自律及び協同の精神並びに規範意識の芽生えを養うこと」がある。集団とかかわりがある当該部分は,多様な目標の中の一部である。

幼稚園教育要領解説からの抜粋部分は,全体として他の幼児との集団生活を営むことの重要性を述べており,ある程度の人数が必要だということの根拠になりそうだ。ただし,「幼稚園において、同年齢や異年齢の幼児同士が相互に関わり合い、生活することの意義は大きい」と記されており,同年齢の幼児の人数をある程度揃えることの必要性の根拠にはなりえない。

資料3は,2011年に三田市就学前保育・教育のあり方検討委員会が定めた提言書からの抜粋である。ここで「同年齢や異年齢による「協同的に遊ぶ」経験を十分に確保し、子どもの育ちを保障していくことが喫緊の課題となっている」と述べられ,具体的な課題についても言及がある(「園児数が少ないことは、園児一人ひとりに保育者の目が行き届き、きめ細やかな指導ができるというプラス面もある一方、子どもたちにとって集団における様々な体験や人とのかかわりが希薄となり、同じ年齢の集団での遊びや人間関係が固定化したり、活動内容の選択の幅が狭くなったりすることも考えられる」「今後10人程度の学級が増加する中で、単学級では多面的な指導や評価が難しく、保育を刺激し高めることに課題を抱えていくことが必至である」)。これらの課題の根拠は,検討委員会での意見交換にあるが,「「協同的に遊ぶ」経験を保障するポイントは人数かなと思う」といった,経験・印象に基づく意見でしかない。

資料4および資料別冊の市川市の例,第10回審議会の資料2はともに,他の地方自治体における適正規模の定めとその理由という,前例を集め掲載したものである。資料4は阪神間の地方自治体の例をまとめたものだが,すべての自治体が上限は定員として明確に規定している一方で,下限は示していない場合や,示していても「望ましい」としている場合が多いことに気が付く。資料別冊の市川市の資料も他の自治体の前例を含んでおり下限が示されている。第10回審議会の資料2は,阪神間以外の自治体の下限人数とその理由説明を含む前例集だが,そこでも下限人数は「おおむね」「おおよそ」「程度」「望ましい」という表現とともに示されている。

第9回審議会の資料2からわかるように,幼稚園教育要領やその解説,学校教育法の第23条は,幼稚園の適正人数を明示的に定める内容は含んでいない。幼稚園の人数を法的に定めているのは幼稚園設置基準で,その中でも「1学級の幼児数は、35人以下を原則とする」と上限が原則として定められているのみであり,下限は定められていない。

三田市を含む多くの自治体が,下限人数の根拠の一部としているのは,全国幼児教育研究協会の「幼児集団の形成過程と協同性の育ちに関する研究」(2012年)である。幼稚園の統廃合関連のウェブ掲載の文書の中で,この研究を用いているものをピックアップしたものが,下の牲川作成資料(牲川,2020)である*。この研究は,幼稚園の園長・教員に行った全国規模のアンケート調査と6か所の実地調査からなっており,その考察結果から,「「協同性の育ち」を培うためには,1学級に,3歳児でも20人前後,4,5歳児は21人以上30人くらいの集団が適切だと考えられていると言える」という箇所がしばしば引用されている。

牲川作成資料
牲川波都季,2020,「資料 公立幼稚園統廃合計画関連文書における「幼児集団の形成過程と協同性の育ちに関する研究」(全国幼児教育研究協会,2012)の用いられ方」(エクセルファイル)http://segawa.matrix.jp/2020doc.xlsx
*
2020年10月13日時点のGoogle 検索で“幼児集団の形成過程と協同性の育ちに関する研究”で検索して上がってきた関連文書。画像データなどテキストとして認識されないものは引っかかってこないので,資料中の文書はあくまでも例。この資料に挙げなかったもので,三田市の資料などからたどって見つけた文書もある。たとえば,2015年4月21日の第7回川⻄市立学校校区審議会資料の「川⻄市における幼稚園教育の進め方」は,同研究に基づいて適正人数を明記している(p. 9)。

全国幼児教育研究協会(2012)の中身については,文科省のウェブサイトの概要ではなく元の研究結果を入手したので,これからじっくり検討したい。ただ,この研究で実施された調査は,教育現場の人間の意識調査と限られた研究協力園での実地調査であり,目的は,幼児集団がいかに形成され,協同性が育つのかを見るというものであることから,学級規模とその効果の関係を実証するものではないということだけは言える。

先の牲川作成資料が示すのは,全国の多くの地方自治体が,幼稚園の下限人数という,統廃合を決する重要事項を,以下のパターンで根拠づけているということである。

【法的根拠】
学校教育法22条,23条
幼稚園教育要領,幼稚園設置基準
【学術的根拠】
全国幼児教育研究協会(2012)(文科省のウェブサイトの研究概要)
【審議会・検討委員会の意見】
経験・印象論
【市民の意見】
幼稚園児童の親に対するアンケート(とっていない場合も多い。とっていても幼稚園学区ごとでなく,市町村全体で結果を考察している場合が多い)

このパターン以外はほぼ見当たらない。全国幼児教育研究協会(2012)を用いたものとして,筆者がウェブ上で見つけたもっとも古い例のひとつは,市川市のものだったがこれをほぼコピペした内容が散見されるのである。

公立幼稚園の教育の内容や子どもへの教育効果,地域とのつながりなどは,当然個々の地域・幼稚園によって全く異なっているだろう。しかし筆者が調べた限り,そうした地域の実情を調査したのちに統廃合案を出した例は見つけられなかった。統廃合案が出される直前か出されたのちに地域で案を説明し,そこで初めて地域住民からの声を聴いているようなのだ。

「望ましい集団規模」を下回っていることが,本当に子どもの教育環境を著しく悪いものとしているのか,「望ましい集団規模」を下回っている幼稚園に通っている子どもが将来何か問題を抱えるようになるのか,子どもへの直接の教育効果以外に地域の結節点となるなど他の機能を果たしている可能性はないか,などなどは,まったく調査されていない。

牲川(2020)でわかるように,各地の地域の調査はせず,ほぼ同じ根拠づけのパターンをとりながら,自治体が示す下限人数(望ましいとか程度としているものも含む)は,10人,15人,20人と幅がある。同じ根拠でなぜ出てくる数値が違うのか。根拠が根拠でないことの証だ。本当は根拠がないから,三田市の答申は「おおむね15~30人程度が望ましい」としたのだろうし,2020年10月10日の再編計画(案)説明会(於・三田市立高平小学校体育館)でも,幼児教育振興課参事は,今回の統廃合の教育的意義づけに根拠はないと明言したのだろう。

全国の金太郎飴的な説明・プロセスからすると,むやみに公共施設を削減しようという目論見がまずあって,教育的意義とか課題の話は後付けだとしか思えない。地方自治体が右に倣えの政策しか出せない状況,それこそ,一つ一つの地域,一人ひとりの人間を大事にしない,大規模・集団主義的教育の結果なのではないでしょうか。

(2020年10月18日)